鑑定士と顔のない依頼人

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美術鑑定士に持ちかけられた依頼は両親の残した屋敷内の美術品鑑定。依頼主の女性はなかなか姿を現しません。ジュゼッペ・トルナトーレの2013年最新映画は美術品とミステリーと孤独と愛の物語。
鑑定士と顔のない依頼人

姿を見せない女性依頼人に惹かれていく鑑定士のドラマでミステリー映画です。いろんな要素が綿密に組み立てられた複雑で奥の深い作品でして、ミステリー要素でさえ「いろんな要素」のひとつに過ぎません。この映画、まずはストーリーに引き込まれてかなり楽しめますが、事件とその顛末については多くの人がある程度予想できる範囲で収束します。そのため見終わって直後はやや肩透かしを食らったような気がするかもしれません。でも何か後味が残ります。その後味を辿っていくと今度はどんどん深みに嵌まります。あまりにも絡み合った出来事や感情に目眩がしてくることでしょう。

と、概要は以上のような感じです。この映画、かなり力が入っています。全ての要素の絡み具合が半端じゃありません。ジュゼッペ・トルナトーレ監督は随分脚本を練ったのではないでしょうか。あまりにも絡みすぎていて、この感想文でそれについて上手に説明できる自信がありません。
ざっくり言うと、ミステリー部分とロマンス部分があります。そして登場人物の性格や心理があります。それから、登場人物同士の関係というものがあります。そして流れ的にはストーリーというものがあります。ストーリーの中で表現するミステリーと、ミステリーに潜むロマンスというものがありまして、それぞれは独立しておらず関係し合っています。物語ですので当たり前ですけど。でも「関連し合っている」ことがらがミステリー的なる関連ですからやっぱりこれは複雑というか練りに練られています。
突き進む表層的ストーリー自体は比較的単純です。ある程度客にもバレバレのミステリー進行なのでありますが、そのバレバレ感すらわざとやっている節があり、そういうときはミステリーのバレバレ感ではなく、登場人物の心を表現する人間ドラマとしての表現をしているということがわかります。
そして映画で直接語られていない部分にこそドラマとミステリーが詰まっています。直接語りませんが間接的に語っているわけで、それは表面に出ていないシナリオの設定部分が如何に綿密に作られているかということも伝えます。
この映画を見終わってじわじわとやってくる余韻は、直接語られない登場人物たちのストーリーを頭の中で補完し、それがためにさらに悲哀を感じてしまうからに他なりません。

この手の話をネタバレなしにするのは難しいので大概にしないといけませんが、例えば一例ですけど、あの、その、踊り子の油絵ありましたね、あれを描いた画家とそのモデル、あるいはモデルとその子供との関係とか、いろいろ空想できます。それから画家の立場や暮らし、あと親友同士の関係です。長年の親友同士なのにですね、あれですよ。あれです。胸が張り裂けそうになりませんか。「これほどの仕打ちがあろうか」と思う気持ちと「これほどの仕打ちをしたくもなるわな」と思う気持ちの、両方の感情移入を可能にしてしまいます。何言ってるのか観ていない人には意味わかりませんね。やはり一例を出すのも難しいな。

そんなわけでそれぞれがこんな感じで絡み合っています。ジュゼッペ・トルナトーレ監督の並々ならぬ力の入れようが伝わります。

この監督については長い間「ニュー・シネマ・パラダイス」の件だけで引っかかっていまして、それはつまり劇場版とディレクターカット版の論争なのでありますが、もちろん私は劇場版支持派なのでディレクターズカットを見たときには「この監督は過去から逃れられない人なのだな。芸術家になってなければ過去に食われて死んでいるだろう」と確信しました。後に拝見した他の映画も基本的に過去の記憶が鮮明すぎて囚われるタイプの人が作ったとしか思えない作品ばかりでした。不可逆的時間の流れの中での悶絶を強く感じる作風と感じたのですね。それが悪く出たのが「ニュー・シネマ・パラダイス」のディレクターズカット版、すごく良く出たのが劇場版やあるいは「シチリア・シチリア」だと今でも思っています。「題名のない子守唄」も基本そういう手のストーリーでした。
そして「鑑定士と顔のない依頼人」も大きくはその手の話です。例えば機械仕掛けは時計つまり時間つまり不可逆的直線クロノス状の悲哀の象徴としてここぞというときに登場したりします。この映画、監督がこれまで描いてきたことの洗練のされ方が一線を画していたように感じます。
描いてきた事柄と監督を同一視することが単純すぎるのは判っていますし、本人は描いている内容とはまったく違うタイプの人である可能性も高いことは承知の上でわざと書いています(だからこそ作家として分析できて作品化できる)実際のところはどうなのでしょうね。

この映画でストーリーや人物やミステリーやロマンスや郷愁や不可逆的悶絶の他にとんでもなく見応えのある要素があります。そうです。美術品です。
最初に肖像画が画面に大写しになるところではひっくり返りそうになりました。まあ、よくもあれほど集めたものです。実はちょっと笑ってしまったんですね。「あり得へん。あり得へん」名画の宝庫です。ルーブルでも無理なレベルのコレクションでしたね。それはともかく、あの肖像画の名画群、壁面の配置にものすごくこだわっていることがわかります。絵画が生きているという素直すぎる感想しか出てきません。
他に屋敷に描かれた壁画があります。トロンプルイユ(だまし絵)です。イタリアと言えば壁画、壁画と言えばトロンプルイユです。ここで言っても仕方ないのですが、私はこの映画に出てくるような壁画を描くのが職業です。ああいうの描きます。壁画の依頼と言えば細井工房です。ちゃんとやれます。興味ある方はご連絡ください。いや、その話じゃなくて。屋敷のだまし絵はもちろんストーリー的に「壁の向こうにも世界がある」ことを暗喩しています。あの壁にはだまし絵が必要だったわけです。で、いい絵です。最初にあれが映るとき、広角カメラで横からなめ回すように映しますよね。だまし絵は写真や映像など二次的に捉えたときにその効果を発揮します。最初に映るシーンでは一瞬本当の景色に錯覚するようにも撮っています。
まだあります。ある女性が登場するわけですが、彼女を捉えるときの映像にも大いに注目です。ただ美しく女性を撮っているだけではなく、構図的照明的に有名美術品とダブらせて収めているように感じるシーンが多くあります。例えばバルテュスというエロティシズム系の絵描きがおりますが、彼の絵画を連想する構図もあります。
女性の神格化やエロティシズムへの憧れもやはりジュゼッペ・トルナトーレ監督作品の特徴ではなかろうかと思っていまして、ついにはその思いが美術という究極的なものへ同化させるところまできたという、「鑑定士と顔のない依頼人」は性的な意味でも監督の集大成的な作品だと勝手に思いました。

というわけで絶賛の声を上げるさらなる理由がありまして、それはもちろん役者さんです。主人公を演じきったジェフリー・ラッシュにはどなたさまも感嘆の声を上げたことでしょう。なんというぴったりな役柄、なんという名演技、この役者さんは「鑑定士と顔のない依頼人」の脚本の奥の奥まで読み切って人物を理解しそれを表現できました。これは誰ひとり異論はないでしょう。

オランダ出身のシルヴィア・フークスも魅力的でした。始めてお見かけしました。
もうひとり、重要な女優さんがいまして、オーストラリアの Kiruna Stamell です。知的な表情が印象的でした。

というわけで「鑑定士と顔のない依頼人」でした。これは噛めば噛むほど味の出る映画でございます。

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