ウィンターズ・ボーン

Winter's Bone
アメリカ合衆国ミズーリ州の見捨てられた貧しい村で、精神異常の母親と幼い弟妹を抱えた17歳少女が暮らしております。駄目男の父親は警察にとっ捕まった後、自宅を保釈金の担保にして失踪。このままでは家を取られる。消えた父親を見つけださねば、と家族のために失踪した父親捜索を開始する少女リーでありました。
ウィンターズ・ボーン

サンダンス映画祭でのグランプリ受賞と各地での大評判「ウィンターズ・ボーン」です。ちらりと覗き見した予告編の映像もなかなかいい感じ。面白そう。これ観たい。是非観たい。で、観ました。

主役の17歳リーを演じるのは「あの日、欲望の大地」でも渋い演技を見せた少女ジェニファー・ローレンス。資本主義経済のふるいにかけられ見捨てられた貧しい村で貧しく暮らしています。どこぞのヨーロッパの貧しい山村と大違いで、世界一の大国の闇部分を体現する資本主義的貧困の村には牧歌的な味わいや素敵な自然とはほど遠い冷たく攻撃的な貧しさが蔓延しています。

行方をくらました父親はとうに家出をしている犯罪者の駄目男。警察にとっ捕まってもお勤めを果たさず保釈金を借金して刑務所を出ます。このときの保釈金の担保が、少女リーの一家が住んでいる家です。約束の日までに裁判に出てこないと自宅は差し押さえられ、貧しい一家は放り出されます。

よっしゃ。おやじ。あたしが探し出して首根っこ掴んで引きずり出してやる。と17歳の少女リーは勇ましく父親探しを開始します。狂った母ちゃんと小さな弟妹のためだわさ。あたしゃやるときはやるよ。てなわけで、面白そうな田舎町の父親探しが始まるぞと思ったら、ここらあたりでこの映画の正体がだんだん見えてきます。

田舎の灰汁の強さと思っていたらそれどころではないエグさです。村を仕切っている一族、マフィアごっこ、どろどろの上下関係、ああいやだいやだ。おぞましい田舎やくざの一族の物語が見えてきます。そして駄目男の父親も、もちろんその娘のリーも、田舎やくざの絆と鉄則、義理としきたりの世界の住人であります。

なんだこの映画は。と、印象がころころ変わります。田舎やくざの恐ろしい話と、少女の勇ましい話と、恐ろしいと思ってたら案外おちゃめだぞという話と、舐めてたら恐ろしいぞという話と、ひとりの少女の影響力が意外と大きくなってくるぞという話と、リアリズム系で文芸路線の真面目映画かなと思ったら娯楽任侠人情映画であったりして、まあそんなこんなのいろんな印象の話がころころと飛び出してきて、これ、全くもって一筋縄では捕らえきれない多重の面白さを伴った作品でありまして、結論から言うとめちゃおもろいです。

「ウィンターズ・ボーン」は一言で言うと、社会告発大国の闇貧困駄目人間任侠やくざ人情家族少女ロマン映画でありまして、全然一言ではありませんがそういう映画です。現代的でスマートかつねちっこいこの映画は「快挙」というにふさわしいアメリカ映画の最前線。とはいえ2010年はもう2年前なので2年前の最前線。

話変わりますが日本に来る海外の映画がどんどん古くなっております。つまり一昨年の映画が今年やっと日本に来たりします。これはひとえに配給会社に金がないからであります。最新映画や受賞作品は値段が高くて仕入れが出来ないのです。古くなって格安になってからやっと仕入れて日本で公開されたりビデオが出たりします。配給が儲かれば新しい映画をさくっと仕入れて貰えるのです。昔のほうがもっと早い時期に日本で出ていたのです。多くの人が映画にお金を落とさないことにより、映画が日本にやってこないという現象を引き起こします。日本の文化劣等にますます拍車がかかります。これはゆゆしき問題です。といいつつ自分もぜんぜん金を落としていないので、みんなもっと映画を観ましょうと、こうしていろんな映画を紹介することしか出来ませんが、まあでも確かに映画館の敷居は高いですよねえ。待合で煙草も吸えないし入れ替え制だし値段は高いしねえ。どうしたもんでしょうねえ。とりあえず間抜けなテレビをだらだら見る時間があればビデオだったら映画の一本くらい観れてしまいますから、ばんばん映画を観ようじゃありませんか。どうですか。だめですか。

話が大きくずれておりますので映画に戻りまして、超面白い「ウィンターズ・ボーン」ですが、いろいろと気に入ったシークエンスもたくさんありまして、例えばですね、軍団にとっ捕まって半殺しにあった主人公にこういう質問をするんですね。「で、どうされたい?」
半殺しにあったまま答えます。「さっさと殺しやがれ」
こういう問答はよくありますが続きがあります。「その意見はすでに我々の間で議題に出ている。それ以外には?」次にこう答えます。「助けて」
いいじゃないですか。いいですよね。この答えは。洒落ていてかっこいい脚本です。

同じシークエンスの続きでさらにかっこいい脚本を体験できます。大ボスが出てきてこう聞きます。「言いたいことがあるなら言ってみろ」このような質問もかつて映画で散々出てきました。これに対する回答が、映画史上に残る名台詞になっとります。つまり、このように問われて、本当に言いたいことを完璧に簡潔に述べ答えるというシーンです。「こうでこうで、こうだからこうで、だからこう」みたいな感じで、ずばっと言えてしまうんです。ボスもそれを聞いて納得です。これは喝采ですよ。こんな受け答えの映画観たことない。少女リーの賢さの表現のひとつでもあります。

というわけでこうした細かいところにも「ウィンターズ・ボーン」の個性がきらりと光っておりまして、細かいところのこうした面白さが全体の印象をぐんぐん持ち上げます。

「ウィンターズ・ボーン」を観て、いくつかの映画を思い出しますが、あえて一つをあげるとすれば「この森で、天使はバスを降りた」です。

この森で、天使はバスを降りた」(以下略して「森天」)と「ウィンターズ・ボーン」の共通点は、主人公少女が田舎の排他的環境下で頑張り、周りに影響を与える魅力を発揮しまくるというところでしょうか。田舎マフィアと田舎の排他性の種類は全然違いますが、主人公少女と周囲の対応の温度差というか乖離の表現は大きく共通しています。もちろんそれ以外のほとんどすべてが全然違いますから「全く共通してねえよ馬鹿」と思われる方もいると思いますが私は共通点を大いに認識しているのでござる。

この場で「森天」の話をするのもどうかなと思いますが無理矢理続けます。「森天」には滅茶苦茶素晴らしい映画の素質がありましたがオチ近くに魅力が崩壊してしまいます。クリエーターじゃなくても「このネタならもっと良いように作れたのに。惜しい。悔しい」と思うはずです(←診察してもらえ)

さらに引き続き精神分裂病的妄想を吐き散らしますが、この「森天」を観て少女の魅力に魅了されそして絶望させられて悔しさに七転八倒したあげく、ラース・フォン・トリアーは「おれならこうする」と「ドッグヴィル」を作り、デブラ・グラニックは「おれならこうだな」と「ウィンターズ・ボーン」を作ったのです。間違いありません(←入院手続き必要)

馬鹿なことを書いてたら他に書くことが思い浮かばなくなってしまいましたので、この稿はこのへんで。ではごきげんよう。

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