アンチボディ

Antikörper
変態猟奇殺人犯の男と田舎の警官が対峙します。いわゆる「羊たちの沈黙」とか「セブン」とかの系統の、犯人と警官の対話による心理戦系サイコスリラー。そういう系ですがなかなかよくできてます。
アンチボディ

アンチボディっていうタイトルとカバーアートのデザインからして、軽く素通りしていっても何らおかしくないスリラー映画ですが、どういうわけかたまたま観ました。
冒頭に書いたように、あからさまに「羊たちの沈黙」系です。冒頭で犯人が捕まり、田舎警察官の主人公と対話をしてドキドキさせる話です。

対話の中で犯人自ら「レクター博士」の名をしっかり出してくるほど、作ってる人も「系である」ことをきちんと意識しています。
にもかかわらずこれを作った。系には違いないが、単なる亜流や時流に乗っただけの劣化作品じゃないよ、面白いんだよという自信の現れでしょうか。それとも照れ隠しでしょうか。
いずれにしても、亜流感はぬぐえません。しかしこれ、面白いのです。
系とか亜流とかそんなの気にせず、「羊たち」や「セブン」的な、ああいう心理戦スリラーを観たい人にとってはなかなかいいチョイスになると思います。

話の骨子は猟奇変態殺人犯と警官の対話ですが、面白い設定がいろいろと紛れ込んでいます。
一つは田舎です。
もう一つは宗教です。
さらにもうひとつは「羊」を逆手にとったミスリードです。

犯人が捕まってから自白していないある一つの殺人事件が田舎村で起きていました。主人公の警官はこの土地に住んでおり、村人を捜査対象にしています。村人を捜査対象にしているので、ちょっと煙たがられたり、あからさまに嫌われたりしています。
田舎の排他性が最初からどっしりと根底にあります。若干、トリアー作品のような田舎者に関する鋭い描写もあったりして、けっこういい感じです。

主人公は敬虔なカトリックの信者です。これに関しては純粋ピュアに「信仰心の厚い道徳的な男」という設定です。
この信仰心が厚く道徳的な男が、黙秘を決め込んでいる猟奇殺人の犯人と上手く会話できてしまったものだから、警察内部的に頼りにされ、取り調べに積極的に関わるようになります。
いわゆる宗教的な「善と悪」の物語になってきます。
タイトルの「アンチボディ」ってのは変な言葉じゃなくて、じつは「抗体」という意味だそうです。
犯人が主人公に言います。「おれと話を続けているうちに、もうお前は悪に感染したんだよ」
つまり信仰心厚く道徳的な主人公警官が、悪であるところの殺人犯の言葉にハマってくるみたいな、そういう宗教観がベースにあるからこその心理戦になってきます。

ミステリーでありスリラーでありますから、さっき書いたミスリードに関しては触れませんが、そんなわけでいろいろあって面白いです。演出や作品の持つ雰囲気もいい感じです。

公開年や影響などを無視してシナリオ的映画的に限っていえば、ひょっとしたら「羊」や「セブン」より面白いと言えるかもしれません。後発として、しっかりした作品を出してきているのは間違いないと思います。

ドイツ映画のスリラーなのに、あまりもっさりしていないしテレビ臭くもなく、かなり良質です(←今まで観たドイツのスリラーは何となくもっさりしていてテレビ臭いと思っていたらしい)

監督・脚本のクリスティアン・アルヴァルトですが、知っている人の筈ないよなーと思っていたら、なんと「ケース39」の監督であることを知りました。
そうでしたか。「ケース39」悪くないですよね。面白かったです。いや、あれは多分スポンサーとか偉いさんにあれこれ言われて仕方なくあんなオチにしたんですよね。オチだけちょっと浮いてたし変だったですもんね。公開も遅れたみたいだし、苦労したんだと思います。ほんとのところの事情はまったく知りませんけど。
音楽担当も「ケース39」と同じ人ですね。

演出力が買われてハリウッドでスター主演の映画を作るほど出世した人だったとはおみそれしました。本国では相当な力量のスター監督なのでしょうね。

主演の道徳的な警官を演じているのはヴォータン・ヴィルケ・メーリングです。「23年の沈黙」や、えっ「ソウル・キッチン」に出てましたか。そうですか。
顔つきの種類がちょっぴりグラハム・チャップマンに似ていて、警官の制服を着た姿がまるでモンティパイソンみたいでした。

犯人役はアンドレ・ヘンニックです。レクター博士のようなカリスマ性をあまり感じませんが、この映画の犯人はレクター博士の二番煎じに見せかけて実は全然違うタイプなのでそういう方向のカリスマ性はいりません。ちょっと雑なくらいの、今回の犯人役としてぴったりでした。「ヒトラー 〜最期の12日間」や「胡蝶の夢」などに出演の他、「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」のプロデューサーなんかもやっている人でした。

最初は、羊の亜流系の低予算適当スリラーかと舐めてかかっていたら思いの外よくできていて、感心しながらせっせとクレジット入力していたらいろいろ知っている作品に出てる人たちってのがわかってきて、これはかなりリキの入った立派な作品だったんだなと改めて思います。

本当はオチについて触れたいんですけどやめときます。ちょっとその、ある意味変な意味すごいオチです。しかもただ変なだけじゃなく、ちゃんとその、あの、ま、皆まで言うまい。

 

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