オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ

Ony Lovers Left Alive
ジム・ジャームッシュ2013年新作映画は珍しくも吸血鬼のお話。でも「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」の吸血鬼は音楽家で文学者で哲学者で詩人のボヘミアンたち。文化と社会に言及し、洒落と知性に満ちた理想世界のファンタジーを見せてくれる最高の一本。
オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ

ジム・ジャームッシュはなぜこれほどわかってらっしゃるのか。魅力的で惚れ惚れする映画ばかり作り続けている孤高の監督です。監督です、というか知性と教養を体現する作家ですね。
しかも人気があります。人知れずマイナー世界でやってる人ではなくて、作品の力で多くのファンを魅了します。こういう人の映画が人気というのは、これは人類の希望のひとつです。

さて2013年新作はヴァンパイアです。前作「リミッツ・オブ・コントロール」から4年経ちましたか。

ジム・ジャームッシュがヴァンパイアの映画を作るなんてどういうこっちゃと少し思いましたが観てみるとこれがまあまさしくジム・ジャームッシュの映画、こういうのを作りたかったのかと納得出来ます。というか、かなり力入ってます。

全部の作品を観てるわけではないので大口叩くわけにはいきませんが、本作に一風変わったところがあるとすれば、それはもしかしたら社会性を根底に持ってきてるところかもしれません。

ヴァンパイアの愛のファンタジー世界を描きつつ、強く社会に目を向けている箇所が目立ちます。
それはひとつにはデトロイトです。資本主義崩壊の象徴である荒廃したデトロイトをドライブし、駐車場になってしまったかつての文化の証、名建築の劇場を捉えます。「あいつらは手遅れにならないと気がつかない」というセリフも用意されています。

理想とも言える文化と知性と愛を描くことそれ自体が絶望社会の裏返しとも捉えることが出来ます。ヴァンパイアたちの文化的側面は、人間の文化崩壊を嫌味なほど尻目にした設定のようです。

現実社会の絶望を素晴らしいファンタジーに転換させた「ル・アーヴルの靴みがき」を思い出さずにおれません。
「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」のヴァンパイアたち(映画の中では「人間」)が理想的であればあるほど、現実社会の人間(映画の中では「ゾンビ」)の実態を痛感させられます。
アキ・カウリスマキがこれまでの作風をわずかに変えて「ル・アーヴルの靴みがき」を突きつけたのと同じ臭いが「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」から感じとれます。
ジム・ジャームッシュとアキ・カウリスマキは世代も近いし映画遍歴も似ているし友人同士だし、共通点があっても不思議ではありません。

滅んだデトロイトを前に、イヴ(ティルダ・スウィントン)が「ここはいずれ再生する」と希望に満ちた発言をします。批判の中に希望を紛れ込ませます。その希望の一旦がライブハウス、つまり音楽だったりするのが、これがまた痺れるところです。

さてこの映画はヴァンパイアのファンタジーですが、そんなことより明確に音楽の映画です。さらにいうとアーティストの映画です。もっと言うとボヘミアンの映画です。

音楽家は機材に溢れた屋敷で創作活動をしています。長年生きてますから知識と経験も豊富で文化的で思想家で詩人でサイエンティストでもあります。才能があり金を持ちゾンビ社会に絶望しながらも夢のような暮らしをしていまして、これ全てのミュージシャンがのたうち回る理想のミュージシャン生活です。
妻は読書家です。文芸に親しみ詩のように言葉を厳選します。ギターの内側の造作に感激し潔く愛に満ちています。
もうひとり老齢のマーロウは文筆家で有名文豪だったりします。究極の知性と博愛と人情に満ちた仙人のような人です。ジョン・ハートが演じます。役と本人がぴったりすぎます。
彼らの暮らしの全てが音楽や文化です。そして飯を食わずドラッグ(血)だけで生きています。定住先を持たず、思想と共に生きています。なんという理想的な文明人。究極ボヘミアン生活。理想的すぎて転げ回りのたくります。

さて、映画的にたまらなく面白い出来事も詰まっています。

なんと言っても話の前半から途中まで引っ張る「妹」のネタです。これはすごいですよ。
理知的なヴァンパイア3人が事あるごとにある悪夢について語ります。妹に関わる何かについて真面目に畏れています。妹絡みの事件とは何なのか、かつてどれほどの惨劇が起きたのか、と、引っ張ります。
それでですね、いよいよですね、その答えがやってきます。つまり妹はまだ生きていて、彼女がやってくるんですね。知性的ヴァンパイアたちが恐怖していたそれが何だったのか、それは映画を見てのお楽しみ。いやはや、もうね、じわわわわ〜と笑いが込み上げてきます。この面白さはたまらないです。知性的人間が最も畏れているのが何であるか、ツボ中のツボです。
妹を演じるのは「ジェーン・エア」のミア・ワシコウスカ。こんな演技もやれるとは、こんなに幅の広い女優だとは。恐れ入りました。この女優は将来凄いことになりそうです。

スローテンポのじっとりした作風ながら、とても可愛いシーンが散りばめられています。妻です。妹がやってきてからのちょっとした彼女の可愛い仕草がいくつか現れます。可愛いったらありません。まじで。ティルダ・スウィントンは本当に最高の女優です。

音楽については今更語ることはありませんが、劇中すばらしい音楽をたっぷり堪能できます。この映画、今公開中ですがぜひとも爆音映画祭でもお願いしたいところ。

ジム・ジャームッシュは最初から音楽に関してはずば抜けていて、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」からずっと音楽チョイスのお世話になってきました。スクリーミング・J・ホーキンスなんか映画がなかったらきっと知らないままだったろうと思いますね。いろいろと感謝しているんです。

今回のちょっとした目玉のひとつは「ソウル・ドラキュラ」で、「やっぱり出たーっ」と、にやけてしまいました。変なテレビのダンスシーンとセットになっていて、懐かしいたらありません。この曲、流行っていて当時とても好きでした。
ティルダ・スウィントンが割とお気に入りっぽく眺めていたシーンをお見逃しなく。

もうひとつはヤスミン・ハムダンのライブが堪能できます。デトロイトロックのライブも楽しめますがやっぱりヤスミンのライブシーンは圧巻。
「これは本物だ。売れるには勿体ない」とは何という褒め言葉。

さっそくアルバム「Ya Ness」がリリースされています。

Ya Nass
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Ya Nass – Yasmine Hamdan

ジョゼフ・ヴァン・ヴィセムとジム・ジャームッシュによる「The Mystery of Heaven」もリリースされています。こちらもカッコいい。
Mystery of Heaven
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The Mystery of Heaven – Jozef Van Wissem & Jim Jarmusch

というわけで、細かい良いところを言い出せば切りがなくなりますが、ラスト近くのプレゼントに関する妻のカッコ良さも含めて、今回ティルダ・スウィントンの魅力爆発です。素晴らしいです。言葉のひとつひとつが美しく、仕草の一つ一つが愛おしい、面白かったり可愛かったりもします。

この映画、知性と慈愛に満ちたミュージシャンたち、思想と文化とドラッグを食べて生きるボヘミアンたち、ゾンビに覆われた絶望世界で息苦しく生きているすべての博愛主義者たちのオアシスです。ぜひどうぞ。

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