ブラック・ダリア

The Black Dahlia
1947年のハリウッド周りで起きた猟奇殺人事件を巨匠が描きます。
ブラック・ダリア

ブライアン・デ・パルマ師匠がブラック・ダリア事件を描きます。正確にはブラック・ダリアをヒントに描かれたジェイムズ・エルロイの小説「ブラック・ダリア」の映画化です。
ブラック・ダリア事件とはどういう事件か、こういう事件です。

1947年1月15日午前、散歩中の女性が死体を発見して通報します。被害者は22歳の女性エリザベス・ショート。腰から切断されており、口は耳まで切り裂かれていました。
検死の結果はさらに酷い状況でここに書くのもためらうほどです。
新聞報道はセンセーショナルを極め、連日の加熱報道で盛り上がったらしいです。
エリザベス・ショートは軍人専門のクラブでホステスをしていたのですが、性交が出来ない身体であるために多くの男たちに恨まれている可能性もあったのだとか。
ブラック・ダリア事件は未解決事件ですが、実際のところは犯人逮捕は目前であったらしいです。詳しくは検索などしていただければ丁寧なサイトに出会えるでしょう。

この事件は衝撃的な残虐すぎる遺体状況のために多くの創作モデルになっています。本作の原作もそのひとつで、実話に基づいた話というより、ひとつの遺体からイマジネーションを膨らませたフィクションです。

で、本作デ・パルマ師匠の「ブラック・ダリア」ですが、ミステリーとしてはどうも今ひとつパッとしません。原作に忠実なのかどうなのか知りませんが、あまりにも登場人物が関わり合いすぎるし、真犯人の衝撃度も薄いし、ハリウッドの暗部をどうのこうのっていうには底が浅すぎるし、主人公の男たちの友情物語としてもどうかと思うし、実際のブラック・ダリア事件の面白さに全然届いていないし、なにやら中途半端な印象を受けます。

でも気付きました。この映画はブラック・ダリア事件に迫る傑作ミステリーというのではなく、1947年当時の雰囲気や、むかしのサスペンス映画の雰囲気を再現して楽しむためのノスタルジー映画ではないのか、と。

その証拠に私、観ているあいだ中、この映画が2006年の製作であることをすっかり忘れ、50年代映画の70年代リメイクを見ているような気分に浸っていました。
そのため、スカーレット・ヨハンソンや「サンキュー・スモーキング」のアーロン・エッカートが出ていても「今時の俳優とそっくりな人が出ているぞ」なんて馬鹿なことをぼんやり思っていたくらいです。

それほど、この映画に漂う雰囲気はむかしの映画っぽいのです。ヒッチコックや、それこそデ・パルマのかつての作品なんかを彷彿とさせます。

ところかまわずバカスカ煙草を吸う登場人物たち、紫煙に佇む恰好良い決めポーズ、何もかもが懐かしい”あの頃”の映画みたいです。
これは一種のノスタルジー映画じゃなかろうか。
そう思った途端に好感度アップ。煙草映画としての素晴らしさを再認識しましょう。デ・パルマ師匠もきっと悲哀と郷愁を込めて画面中に紫煙を充満させたに違いありません。

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