グランドフィナーレ

Youth
「きっとここが帰る場所」のパオロ・ソレンティーノ監督2015年の「グランドフィナーレ」は「若さ」というタイトルの老人映画。笑いと衝撃、言葉と仕事と体と心、この映画に参加した人全員を尊敬できて見る目も変わるかもしれないレベルの名作。
グランドフィナーレ

やりましたね。パオロ・ソレンティーノ監督、「きっと ここが帰る場所」のときはドキドキしながらデヴィッド・バーンに頼み事をしたとか、語り口にも若さと謙虚さが溢れていました。いやはや「グランドフィナーレ」は黙って観ると「どこの巨匠が撮った映画だろう」と思ってしまうレベルの名作で、途中の作品を観ていないものですから余計にその成長ぶりに目を見張ることになりました。

「Youth(若さ)」というタイトルの映画です。タイトルは「若さ」ですが内容は老人映画。でも老人の若さも感じさせます。

ただのおじいちゃんおばあちゃんじゃなくてセレブです。高名な作曲家や高名な映画監督たちです。セレブじゃなくても金持ちです。スイスにある高級スパリゾートに滞在している面々の物語となります。

主人公は高名な作曲家で指揮者ですが今は引退しているキダ・タローです。長年の親友は現役で映画を撮っている映画監督。キダ・タローは仕事も引退して体もだるくてちょっと鬱になっていてスパリゾートで療養しています。映画監督はこれから撮る映画の脚本を詰めていますね。ご隠居と現役のこのふたりのおじいちゃんが親友同士で、何かにつけて語り合います。とりあえずおしっこ出たか、みたいな老人らしい話からすべて始まりますね。

キダ・タローには娘がいて、映画監督には息子がいて、娘と息子は夫婦ですが、ストーリーの進行上この夫婦がですね、

と、ここまで書いてちょっと間違いに気づきました。失礼しました。どうやらキダ・タローではありませんでした。関係各位とキダ・タローさんに多大な迷惑をおかけしました。

さてそのキダ・タローじゃないひとがマイケル・ケイン演じる作曲家フレッド、映画監督ミックを演じるのがハーヴェイ・カイテルです。まず何といってもこのおふたりが老人であるというその事実に少々打ちのめされますね。そうですね、もう老人の役なんですね。しんみり。

でもハーヴェイ・カイテル演じる映画監督ミックは現役で映画を撮ってます。この映画監督役がね、もう素晴らしくて。映画の中で彼が言う言葉がのしかかります。「日常なんてなかった」

映画の最後には、フランチェスコ・ロージ監督に捧げるとクレジットされます。フランチェスコ・ロージ監督とは誰でしょう。2015年に亡くなったイタリアの巨匠ですね。「予告された殺人の記録」の監督です。それ以外はよく知りませんが「シシリーの黒い霧」「都会を動かす手」「黒い砂漠」など三大映画賞の受賞作品も輝かしいイタリア・ネオリアリズムの名匠です。

フランチェスコ・ロージ監督に捧げた「Youth」にどんな意図があったのでしょう。映画監督ミックの笑顔が映画を見終えてもずっと残り続けます。

さて、作曲家の娘役をレイチェル・ワイズがやっています。レイチェル・ワイズという女優さんは若年層向けの派手な映画から社会派の名作から渋いドラマから若手の文芸的映画から歴史大作まで、あらゆるタイプの映画に出演して実力を発揮しまくっております。派手な大作にもインディーズじみた海外監督の実験的作品にも出演するというだけで好感度上がりまくりです。レイチェル・ワイズはゆくゆくはティルダ・スウィントンみたいな大物にぜひなっていただきたいと思っていて、とても期待しています。

そのレイチェル・ワイズ演じる作曲家フレッドの娘レナですが、いやはや、おいしい役来ましたね。一本の映画の中でいろんな面を見せてくれます。脚本的にもずいぶんお得なキャラで、父思いの娘であったり夫婦の問題で辛い目に遭う妻だったり、すっとぼけた面白キャラだったりします。「ロブスター」でも天下無敵の面白さを演じ尽くしたレイチェル・ワイズ、光り輝いておりますね。

「グランドフィナーレ」という映画の特徴はといいますと、美しい景色を含むカメラワークの素晴らしさが筆頭に挙がるかもしれません。映像がとても綺麗で懲りまくってます。

撮影のルカ・ビガッツィは「きっと ここが帰る場所」も担当していましたし「トスカーナの贋作」も撮ってるひとですね。「グランドフィナーレ」では構図といい色といいこれまでになく撮影の凄さを見せつけます。パオロ・ソレンティーノ監督もどんどん映像の凄さに傾倒して行ってるんでしょうか。他の作品を観てないのでわかりませんが、とにかく映像すごいす。とてもいいです。

そして「グランドフィナーレ」の感想を言うとき決して外してはならぬことは、この映画がとてもコミカルで面白いという点です。

ほんとに面白いんです。多分ジャンルでわけるとコメディと言っていいと思うんですね。なぜかみんなコメディと言いませんけど。こまかく笑うシーンが目白押しで、ご大層な名作映画と思ってはいけません。ただ笑いながら観ているといつの間にか笑いそのものが心の奥底に蠢く悪夢の形相も帯びてきます。実に不思議な魔力を持つ作品です。

ポール・ダノ演じるミスターQや、自室で踊るマッサージ嬢、登山家に喋らない夫婦に太った謎の超有名人。登場人物たちのキャラクターがみんなぶっ飛びの個性で魅力を放ちまくります。ひとりずつについて語り倒したくなりますが楽しみを奪ってはいけませんので何も言うまい。でもね、登場人物に与えられた命は映画世界を飛び越える面白さに満ちていまして「グランドフィナーレ」の中心を成すと言っても過言ではないのであります。

でもひとりだけどうしても触れておきたい人がいました。あ、でもこの人の事こそ言ってしまっては最大の楽しみを奪うことになるかも。つまりええと、ある大女優の役をやっているひとが、観てるときは気づかなかったけどジェーン・フォンダだったんですね。これには心底驚いたしちょっとショックも受けます。

ついでにもうひとり、ポップソングのあの女性、パロマ・フェイスってのが出てきますが、これ、本人が本人名で出演してたんですね。あとで知りました。

そういえばミュージックビデオのシーンありましたが、最初の車のカットが一瞬映るだけで違和感を感じさせコマーシャルな雰囲気を伝えます。これすごいなと思いました。一瞬にして映画の中で別の作品とわからせてしまうんですよ。それ風に撮るも撮らぬも撮影の技術という、改めて思い当たります。

ホテルの余興シーンもふんだんにあってこれも見応えあります。冒頭からしてしつこい愛のポップソング、大道芸やシャボン玉、合間合間に宿泊客の細かいドラマ、老人芸術夫婦に友達風景温泉健康診断、現役引退栄光衰退、草木にそよ風言葉に言霊、偏在郷愁過去未来、いやはや、いやはや、素晴らしい映画でした。

日本語版予告編のあまりにもデリカシーのない最低編集に恐れをなしてこっちを貼っときました。これからこの映画を観たいなと思ってる人は日本語予告編を見てしまわないよう気をつけてね。

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